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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)83号 判決 2000年6月08日

原告

ルークラメレンウントクツプルングスバウゲゼルシャフトミツトベシュレンクテルハフツング

代表者

【A】

訴訟代理人弁護士

加藤義明

同弁理士

【B】

訴訟復代理人弁護士

清水三郎

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

特許庁が平成9年審判第18544号事件について平成10年10月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1986年7月5日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和62年6月24日にした特許出願(特願昭62-155643号)の一部を分割して、平成6年6月24日に発明の名称を「振動緩衝装置」とする発明(以下「本願発明」という。)として新たな特許出願(特願平6-143584号)をしたところ、平成9年7月28日に拒絶査定を受けたので、同年11月4日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成9年審判第18544号事件として審理した結果、平成10年10月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年11月25日原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  本願発明の要旨

原動機と動力伝達装置との間の振動を緩衝する装置であって、2つのフライホイールエレメントの間に設けられた緩衝機構を備え、この場合該緩衝機構の入力部は原動機に結合可能な一方の第1のフライホイールエレメントであり、上記緩衝機構の出力部は動力伝達装置に例えばクラッチを介して結合可能な他方の第2のフライホイールエレメントである形式のものにおいて、緩衝機構が一方のフライホイールエレメントの構造部分によって形成された、粘性媒体、例えばペースト状の媒体を少なくとも一部に充填された少なくとも1つの環状通路を有し、該環状通路内に蓄力部材、例えばばねが受容されかつ支持されており、かつ上記環状通路内へ、第2のフライホイールエレメントに相対回動不能に結合されたフランジ体が侵入しており、該フランジ体が蓄力部材のための他方の支持範囲を形成しており、かつフランジ体が半径方向でさらに内側で、さらに別の緩衝装置(1290,1390)に接続しており、該緩衝装置(1290,1390)が、パッキンによって閉じられた環状室外にあって、環状通路内に収容された蓄力部材に直列的に接続されていることを特徴とする振動緩衝装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明は、特開昭61-6445号公報(以下「引用例イ」という。別紙図面2参照)及び特開昭55-65728号公報(以下「引用例ロ」という。別紙図面3参照)各記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないと認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由の〔本件発明〕は認める。同〔引用例記載の発明〕は、4頁9行ないし16行の「おいて、」、及び5頁4行の「かつ」ないし6行の「しており、」を認め、その余は争う。同〔本件発明と引用例イ記載の発明の対比・判断〕は、相違点Bの認定及び7頁3行ないし5行を認め、その余は争う。同〔むすび〕は争う。

審決は、一致点「環状通路」及び「蓄力部材、例えばばね」を誤認し(取消事由1、2)、引用例ロ記載の発明の技術内容を誤認した結果相違点についての判断を誤った(取消事由3)ものであって、この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点「環状通路」の誤認)

審決は、引用例イに本願発明の環状通路が記載されていると認定したが、誤りである。

(1)  イ 本願明細書には、本願発明の構成によれば、「環状の通路内に受容されたばねの申し分のない案内が可能となり、その結果これらのばねを比較的長いばねとして製作することができ、従って両フライホイール間に大きな相対回動角度をうることができる」(【0006】)との記載があるから、本願発明の「環状通路」は、このような作用を奏し得る構成を備えたものと解すべきである。

そして、本願明細書には本願発明の実施例に関して、「図1から判るように、軸方向の湾入部52,53の横断面は次のように形成されている。即ちその円弧状の輪郭線が少なくともほぼ蓄力部材45の横断面の外周に適合するように、形成されている。湾入部52,53の外側範囲は従って蓄力部材45のための当接部若しくは案内部を形成し、該部分に蓄力部材45は少なくとも遠心力の作用下において半径方向に支持されることができる。湾入部52,53によって形成される当接部が蓄力部材45の外周に適合していることにより、湾入部52,53の半径方向外側の範囲における蓄力部材45の巻条の摩擦に基いて生じる摩耗は著しく減少する。それというのは、ばね45と湾入部52,53との間の支持面が増大するからである。」(【0080】)及び「図2から判るように、装置1の周囲に亘ってばね45及び48はそれぞれ3つずつ設けられており、この場合半径方向外側のばね45はそれぞれ少なくともほぼ110度の角度範囲に亘っている。半径方向内側のばね48は外側のばね45と少なくともほぼ等しい角度範囲に亘っている。」(【0088】)との記載があるから、本願発明の「環状通路」とは、「環状の通路内に受容されたばねの申し分のない案内」を可能とするために、蓄力部材であるばねの横断面の外周に適合するような例えば円弧状の輪郭線をもった横断面を有していて、蓄力部材のための支持面の増大した当接部若しくは案内部を形成しており、そして「両フライホイール間に大きな相対回動角度をうる」ために、例えば約110度の角度範囲に亘るような比較的長いばねを受容することができるような円周方向の長さを有するものであると解すべきである。

ロ 引用例イ記載の発明の切欠38,39は、同引用例第1図に示されているように、最大でも円板29,30の厚さを限度とした軸方向の案内幅をもって蓄力器40の一部分のみを案内している。このような切欠38,39は、前記案内幅に基いて蓄力器40に対して非常に小さな支持面しか提供していないので、蓄力器40を仮に約110度の角度範囲に亘るような比較的長いばねとした場合には、蓄力器40を適切に案内することはできない。なぜなら、このような長いばねの蓄力器40は、はずみ車部分3の回転による遠心力を受けつつ周方向で圧縮されかつ伸長する際に、そのばねの長さに比例して、切欠38,39との間で局部的により大きな摩擦を生ぜしめて著しく摩耗するとともに、その局部的な摩擦により蓄力器40の圧縮及び伸長ももはや円滑には行われないであろうからである。

(2)  イ 本願発明の環状通路は、フライホイールエレメントの回転中心を中心とした円周に沿って環状、すなわち輪のような形状に湾曲した通路である。そして、輪のような形状をなしていると認識できる程度に円周に沿って相応の長さを有するものでなければならない。

ロ これに対して、引用例イ記載の発明の切欠38,39は、環状ではなく直線状であるから、環状通路ではない。また、上記切欠38,39は、円周方向の長さが極端に短いものであって、「環状」とか「輪のような形状」のものとは認識されない。

引用例イ記載の発明においては、緩衝装置13と滑りクラッチ14こそが両はずみ車部分3,4間の制限された相対回動を可能にする緩衝部材であって、主要な緩衝作用を奏する部材となっている。これに対して、切欠38,39に収容されているコイルばね40は、滑りクラッチ14の回動角度を制限する端部ストッパであるから、滑りクラッチ14の本来の緩衝作用を妨げないようにするために、つまり滑りクラッチ14の十分な回動角度を確保する必要性から、また、(1)ロで説明した理由から、コイルばね40と切欠38,39の円周方向の長さを可能な限り短いものとすべきことになる。これは技術常識である。したがって、引用例イ記載の発明のコイルばね40とそれを収容する切欠38,39とを円周方向に長くするとともに円弧状若しくは環状に湾曲させるという技術上の要請は全くないから、コイルばね40と切欠38,39を円弧状のものとか環状のものの一部分若しくは一形態であると解することはできない。

2  取消事由2(一致点「蓄力部材、例えばばね」の誤認)

審決は、引用例イに本願発明の蓄力部材、例えばばねが記載されていると認定したが、誤りである。

本願発明の蓄力部材、例えばばねとは、例えば約110度の角度範囲にわたるような比較的長いばねであって、両フライホイールエレメント3,4間の例えば±47度の大きな相対回動のほぼ全範囲にわたって圧縮及び伸長することで緩衝作用を生ぜしめ、ひいては種々異なる運転条件及びその他の因子に基づく異なる振動動作及びノイズ状態に適合させることができ、例えば低回転数域、高回転数域、共振回転数、始動時若しくは停止時等において、原動機と動力伝達装置若しくは変速機との間で生じる振動の申し分のない減衰を生ぜしめるものである。

引用例イ記載の発明の緩衝装置は、「蓄力器40は、フランジ34の腕部33のための端部ストッパとして役立ちかつ滑りクラッチ14の回動角度を制限している」(甲第4号証6頁右下欄10行ないし13行)ものである。すなわち、端部ストッパであるこの蓄力器40は、両はずみ車部分3,4間の相対回動の或る狭い範囲内でのみ、言い換えれば蓄力器40に腕部33が衝突する際にのみ、腕部33の衝突時の衝撃を緩和するにすぎない。実際にこの蓄力器40は、両はずみ車部分3,4間で特に大きな相対回動が発生するような特殊な運転条件下でのみ前記衝撃を緩和するにすぎないであろう。したがって引用例イ記載の発明の蓄力器40は、本願発明の蓄力部材とは、その意図されかつ実際に発揮される緩衝作用に関して本質的に相違している。また、引用例イ記載の発明の蓄力器40の周方向の長さは本願発明の蓄力部材と比較して著しく短いものでもあり、しかもこれを本願発明の蓄力部材のように長いばねとする必要性は全くない。

したがって、引用例イ記載の発明の蓄力器40は、本願発明の蓄力部材、例えばばねとは明らかに相違する。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)

(1)  審決は、引用例ロに本願発明の環状通路が記載されていると認定したが、誤りである。

前述のとおり、本願発明の環状通路とは、蓄力部材、例えばばねを受容しかつ支持するものであって、これによって環状通路内に受容された蓄力部材であるばねの申し分のない案内が可能となり、その結果これらのばねを例えば約110度の角度範囲にわたるような比較的長いばねとすることができるものである。この場合、回転によって遠心力を受けるばねが申し分なく案内されるためには、ばねは環状通路によって半径方向で支持されなければならない。したがって、本願発明の「蓄力部材、例えばばねが受容されかつ支持されており」の「支持」とは、蓄力部材であるばねを半径方向でも支持することを意味している。

これに対し、引用例ロ記載の発明は、第3図及び第7図に図示されているように、比較的短いばねである圧縮コイルバネ30,130がバネ受板31,131のみに当接して周方向のみで支持されており、一方、液密的な内部空間9は圧縮コイルバネ30,130に対して単なる空間的な広がりを提供しているだけである。この内部空間9は圧縮コイルバネ30,130を半径方向で支持し得るものではなく、それゆえ圧縮コイルバネ30,130を案内するものではないから、本願発明の環状通路とは異なる。

(2)  また、上記のように圧縮コイルバネ30,130に対して単なる空間的な広がりを提供するだけである引用例ロ記載の発明の内部空間9は、引用例イ記載の発明の円板29,30に設けられた切欠38,39とは明らかに異なる構成であり、圧縮コイルバネ30,130も、引用例イ記載の発明の端部ストッパであるこの蓄力器40とは明らかに異なる作用効果を奏するものである。このようなとき、引用例ロ記載の発明から、引用例イ記載の発明における蓄力器40を、粘性媒体例えばペースト状の媒体を少なくとも一部に充填された環状通路内に受容しかつ支持しようとすることに想到することが当業者にとって容易であるとすることはできない。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(一致点「環状通路」の誤認)について

(1)  原告は、本願発明の「環状通路」について、蓄力部材であるコイルばね45の横断面の外周に適合するような例えば円弧状の輪郭線をもった横断面を有していて、蓄力部材45のための支持面の増大した当接部若しくは案内部を形成しており、これによって環状通路内に受容されたばねの著しく摩耗の少ないかつ申し分のない案内が可能となり、その結果、これらのばねを例えば約110度の角度範囲にわたるような比較的長いばねとすることができるものであると主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲請求項1には、環状通路と蓄力部材との配置関係、環状通路とフランジ体との位置関係、緩衝装置との位置関係が特定されているにすぎず、環状通路自体の形状・構造については、「環状通路」という表現以外になんら特定されていない。

したがって、本願発明の「環状通路」とは、「環状」の通常意味する内容、すなわち「輪のような形状」からみて、振動緩衝装置のばねを受容しかつ支持している通路が、側面方向からみて円周に沿って位置している程度のことを意味するものである。原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づくものではない。

そして、引用例イ記載の発明においても、回転運動する物体相互のねじり振動の緩衝という課題からみて、物体相互の運動の力、すなわち、円周上に働く力を円周上に配置された蓄力部材(コイルばね40)で受けようとするものであることは明らかである。してみると、このような蓄力部材(コイルばね40)を収納する切欠38,39は、蓄力部材(コイルばね40)と同様に、側面からみて円周に沿って配置されるものと解されるものである。

(2)  本願発明の「環状通路」の長さは、単にばねを収容できる適宜のものであればよいことは、その機能についての、本願明細書の「蓄力部材、例えばばねを受容し支持」するとの記載からみて明らかというべきである。

引用例イ記載の発明のばね40とそれを収容する切欠38,39は、環状ではなく直線状に見えるが、その作用からみて、本質的には回転中心から等距離のばね収容部分を画成していて、その意味において円弧状のものと解することができるものであり、ばねが比較的短い場合には、円周に沿った直線で近似して実施される場合もあるということが示されているにすぎず、技術的意味において一義的に直線といえるものではない。

2  取消事由2(一致点「蓄力部材、例えばばね」の誤認)について原告は、本願発明の蓄力部材、例えばばねとは、例えば約110度の角度範囲にわたるような比較的長いばねであって、両フライホイールエレメント3,4間の例えば±47度の大きな相対回動のほぼ全範囲に亘って圧縮及び伸長することで緩衝作用を生ぜしめ、ひいては種々異なる運転条件及びその他の因子に基づく異なる振動動作及びノイズ状態に適合させることができ、例えば低回転数域、高回転数域、共振回転数、始動時若しくは停止時等において、原動機と動力伝達装置若しくは変速機との間で生じる振動の申し分のない減衰を生ぜしめるものであると主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲請求項1には、蓄力部材と環状通路、フランジ体、緩衝装置(1290,1390)との配置或いは接続関係が特定されているにすぎず、蓄力部材、例えばばねの長さや圧縮・伸張する角度などについて何ら特定されていない。原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づくものではない。

そして、引用例イ記載の発明のコイルばね40は、蓄力器として設けられたものであるから、本願発明の蓄力部材、例えばばねに相当するものということができる。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告は、本願発明の「環状通路」は、引用例ロに記載されていない旨主張する。

しかし、原告の「環状通路」についての主張が失当であることは、前記1のとおりである。

そして、引用例ロ記載の発明の液密的な内部空間9は、蓄力部材(圧縮コイルばね30,130)を受容しかつ支持しているから、本願発明の「環状通路」に相当する。

(2)  審決は、引用例ロに「ねじり振動の制動という本件発明と同一の技術的課題を達成するために、蓄力部材(圧縮コイルバネ30,130)が粘性媒体(潤滑剤又は油)で満たされ得る環状通路(液密的な内部空間9)内に設けられている点が記載されている。」(6頁12行ないし16行)と認定したにすぎず、それ以上に、環状通路の細部にわたる形状まで本願発明のものと同じであると認定したわけではない。そして、上記の限度でのみで同じであると認定してはならない理由はない。

原告の主張は、本願発明の「環状通路」と引用例ロ記載の発明の「液密的な内部空間9」とは、後者がばねを半径方向で支持しうるものではなく明白に異なる構成であるという前提に基づくものである。しかし、本願発明においては、ばねは環状通路内に「受容されかつ支持されて」いるものであり、引用例ロ記載の発明も、ばねは内部空間9内に「受容されかつ支持されて」いる(第1図参照。)ものであって、構成上の相違は認められない。

本願発明の特許請求の範囲の「ばねを受容しかつ支持」という記載については、発明の詳細な説明の記載を参酌して原告主張のような特有の構成を有するものと解すべき理由、すなわち、蓄力部材であるばねを半径方向でも支持することを意味しているものであると解すべき理由はなく、ばねの円周方向に沿った伸縮作用に基づき、回転振動を緩衝できるように、ばねを何らかの態様で受容し支持するものであれば足りることが明瞭であり、かつ、そのように解することに何の不都合も矛盾もない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  本願発明の「環状通路」とは、「環状」の通常の意味からみて、輪のような形状をした通路のことを指すものと解すべきである。

一方、甲第4号証によれば、引用例イには、「フランジ34の腕部33と両円板29,30間にそれぞれ1つの摩擦ライニング37が設けられている。摩擦ライニング37は、腕部33に接着されたライニング区分37aによって形成されている。フランジ34の腕部33間の範囲において、円板29,30内に切欠38,39が設けられている。切欠38,39は軸方向で整合しておりかつ蓄力器を収容している。図示の実施例では、これら蓄力器はコイルばね40によって形成されている。蓄力器40は、フランジ34の腕部33のための端部ストッパとして役立ちかつ滑りクラッチ14の回動角度を制限している。」(6頁左下欄末行ないし右下欄13行)との記載とともに第2図が図示されていることが認められ、以上の事実によれば、引用例イの切欠38,39により形成された通路は、回転中心軸を中心とする円周上に中心角約60°毎に配置されてはいるが、その通路の周方向の形状は回転中心軸を中心とする円周に接する直線状であって、長さの短いものであることが認められる。そうすると、上記切欠38,39により形成された通路は、直線状のものであるから、それ自体輪のような形状ということはできず、また、切欠個々の長さが短いのみならず切欠相互間の距離が遠いため、各通路を全体としてみても、輪のような形状をしているということはできない。

(2)  被告は、引用例イ記載の発明のばね40とそれを収容する切欠38,39は、その作用から本質的には回転中心から等距離のばね収容部分を画成していて、その意味において円弧状のものと解することができるものであり、ばねが比較的短い場合には、円周に沿った直線で近似して実施される場合もあるということが示されているにすぎず、技術的意味において一義的に直線といえるものではないと主張する。

しかし、切欠38,39は、両端は回転中心から等距離ではあるものの、その間の部分は回転中心から等距離ではないから、「弦」状ではあっても「円弧」状ではなく、まして、これを「輪のような形状」であるということはできない。また、本願発明の「環状通路」を円周に沿った直線で実施することができると解さなければならない理由も認められない。被告の主張は、採用することができない。

2  以上のとおり、引用例イ記載の発明の切欠38,39は、本願発明の環状通路に相当するものではないから、本願発明と引用例イ記載の発明を「環状通路」の点において一致するとした審決の認定は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

したがって、審決は、その余について判断するまでもなく、違法であって取消しを免れないことが明らかである。

第6よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)

<以下省略>

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